12. 数値は代用特性

1. 数値は代用特性

POSの普及が売場関連のデータを著しく増やしたが、ここ最近のパソコンの普及で更にデータが増え続けている。 しかし、どこへいってもデータの数ばかりが多くてうまく使いこなしている様子はない。
どのようなデータが必要なのか、どのように使いこなせば良いのか、ということが分からないから試行錯誤でまたデータを増やしてしまう、という悪循環に陥っている。
一時期はやったQC( Quality Control;品質管理 )では手法ばかりが先行して駄目になっていったが、コンピュータ関連ではハードウエアばかりが先行してソフトウエア、使い方=ユーズウエアがついてこられないでいる。
ここでは数値について整理してみる。
「数値は状況を表わす代用特性」というのが筆者の考えである。数値に関する定義と言っても良いだろう。
代用特性( alternative characteristic )とはQCの用語で次のように説明される。
「要求される品質特性を直接測定することが困難なため、その代用として用いる品質特性」
( JISハンドブック14 品質管理1995日本規格協会 )
分かりやすくするために数値で直接測定できないものを考えてみる。
例えば男性である。今「男の人」について知ろうとしても「男の人」を直接測定することは難しい。
そこで男の人を知る上で測定可能な項目を設定し、その項目について数値でとらえていくことになる。例えば年齢、伸長、体重、というような項目である。
図表-1は男の人について測定できる項目を整理したものである。
単に「男の人」では分からなかったことがこのように整理してみるとひじょうによく分かるようになる。これが代用特性という意味である。
このような身体的なデータから身長と体重の関係を数式化{ 身長 ― 100=体重、あるいは(身長―100)×0.9=体重 } し、肥満度を判定するということも行われている。
また、運動能力について知りたいのであれば、50m走や遠投、反復横跳び、垂直跳びなどの数値を測定すれば良いし、健康状態を知りたいのであれば、血圧やコレステロール、中性脂肪、血糖値、尿酸値などの数値を測定することで判定できる。
このように「知りたい内容=目的」に応じてさまざまなデータを組合わせていくことで知りたい内容を具体的にとらえていくことができる。

 

2. 売場の代用特性

そこでこのようなことを前提にして「売場」について考えてみる。
売場の健康状態を判定するためにはどのように数値を組合わせていけば良いのだろうか。これが分かっていなければ、どのような高価なコンピュータを導入してみても使えないことになる。
売場が健康であるかどうかを判定するために必要な数値は限られている。
売上/荒利/在庫の3つである。われわれが目標としているのは売上と荒利である。
売上は量を、荒利は質を表わしている。売上と在庫の関係は販売や売場運営のバランスや効率を見る上で必要になる。この3つの数字が基本である。
他にもいくつかの数値があるがこれらは、売上/荒利/在庫のバランスを見る上でその過程、内訳など原因分析のために必要となるものである。
例えば、売上に対して在庫が多めだとする。その原因を探すには、仕入を見れば良い。売上をはるかに超えた仕入が行われるから在庫が増えるのである。
売上と在庫のバランスが崩れるのは仕入がうまくいっていないからであり、仕入は売上と在庫のバランスを維持するための唯一の手段ということができる。
予定の荒利率よりも実績が低く出た場合であれば、値入率と値下金額を見れば良い。更に2,3ヶ月前の仕入やその後の在庫推移を見れば値下の原因を知ることができる。
つまり、あらゆる「結果」は売上/荒利/在庫という数値へ集約されており、他の数値はこれら3つの数値が「なぜ」そのようになったのかというプロセスや内訳、原因などを表わしている。
したがって、売場が健康であるかどうかを見るためには売上/荒利/在庫の3つの数値をキチンと押さえておけば良いことになる。

3. 関連する数値

(1)売上に関連する数値

売上が予定通りにいっているかどうかを見るためには2つの系列で見る必要がある。
一つは、単位をそのまま細分化するという方法である。全社、店、事業室、部門、ライン、クラス、...という具合である。全体はあくまでも合計でしかないからその内訳を見ていくことで原因、重点を探そうという方法である。
もう一つは、売上を客単価×客数、客単価を買上単価×一人当たり買上げ点数というように分解する方法である。このように分解することで、お客の購買状況をとらえることができるし、客数や一人当たり買上げ点数でお客が支持している状況を知ることができる。
通常、客数は店に対するお客の支持を表わし、客単価=買上単価×一人当たり買上げ点数は店の工夫を表わしている。商品構成が買上単価を決定し、売り方の工夫が一人当たり買上げ点数として現われてくる。

(2)荒利に関連する数値

荒利率についても売上と同様に2つの系列で見ていく。一つは、売上と同様に単位を細分化していくものであり、もう一つは値入率と値下率である。値入率は特売商品やチラシ商品などの仕入が増えれば低くなるので、定番比率、特売比率( チラシの回数、チラシ商品の設定の仕方 )という見方も同時に必要となる。
値下は在庫の内訳( 商品別の売上比率/在庫比率から在庫過多、不良在庫の有無などを見る )や2,3ヶ月前の仕入( 仕入過ぎなど )を見ていくことで原因を特定することが可能である。
ただし、値下がぜんぜん計上されていないという場合、不良在庫が売場の中に放置されている可能性もあるので注意する必要がある。

(3)在庫に関連する数値

在庫についても売上と同様に単位をそのまま細分化してみていく方法と、売上と仕入のバランスを見ていく方法がある。 基本は、売上と在庫のバランスであり、そのバランスを維持するための手段が仕入である。
したがって、仕入という手段が売上と在庫のバランスを調整するために機能しているかどうかを見ていくことになる。

(4)代用特性としての数値の整理

このように整理してみると使う数値の種類、使い方はある程度絞られてくることが分かる。

1. 基本は売上/荒利/在庫のバランス
2. 内訳を見るためにそれぞれの単位を細分化( 全社、店、事業室、部門、ライン、クラスなど )
3. 原因を見るために仕入、値入、(定番比率、特売比率)値下、客単価×客数、買上単価×一人当たり買上げ点数など

これらの数値を代用特性として「売場の健康状態」を見ていくことができる。

4. 数値を用いた分析

以上のように代用特性として用いる数値が分かったら次のステップとしてそれらを用いてどのような分析をすれば良いかということが必要になる。
分析については間違った考え方が一般に広まっているので、ここでは分析のあるべき姿を整理してみる。

(1)分析するということ

分析には、必ず目的がある。分析の目的が不明確であると「分析すること自体」が目的化してしまう。その結果、「高度な分析手法を使うことがレベルの高いこと」「優れていること」という錯覚が生まれてしまう。しかし、重要なことは、採用する分析方法が目的に合致しているかどうかということである。
また、分析というと何か細かく分けていけば良いという勘違いがある。分析は中身がどうなっているのかを知り、その結果、問題点を抽出したり、全体としてのトレンド・法則性を知るということが重要な目的である。
もともと小売業で行われているさまざまな活動自体が、「化学」などの世界と違って厳密に図られて行われているものではなく、気象条件などによってもさまざまに変化していく。結果としての数値にどのような要因がどの程度影響しているかなど測りようもなく、ただ単に細かく分析すれば良いということにはならない。むしろ、状況をつかんだ後、如何にタイムリーに状況を修正できるか、対応できるかということの方がはるかに重要になる。
したがって、小売業の場合「分析」と呼ばれる行為の内かなりの部分が全体としてのトレンドや法則性を知ることに向けられるべきである。
そのため、小売業における分析ではvisibility=一覧性ということが重要な意味を持つ。
実際に私も多くの分析手法を開発しているがすべてvisibility=一覧性を重視したものになっている。目的的に考えれば、如何に簡便にコストや時間をかけず的確に状況の把握ができるか、ということが一番重要である。

(2)3つの分析

小売業では、3つの分析方法があれば十分である。

1. 時系列での変化を見る (目的は、将来を予測するため)( 図表-2) 売上推移、在庫推移などなど時間と共にどのように変化しているかをとらえ、今後どのように変化していくかを予測する。 2. 内訳を見る (目的は、重点を知ったり、他との比較から問題を発見するため)(図表-3) 売上構成、在庫構成など内訳を知ることで管理する重点を知ったり、売上構成と在庫構成の比較からバランスの良否を調べ問題発見に用いたりする。 3. 1.×2. 内訳の時系列変化を見る ( 目的は1.と2.の組合せである ) (図表-4) 売上構成の時系列変化を見ることで今後重点がどのように変化していくのかを知る。さらに在庫構成の時系列変化を合わせてみることで売場の拡縮や在庫の持ち方の設定をし、発注に活かしていく。

このように分析は3つのパターンがあるが3がキチンとできていれば他の2つは包括していることになる。したがって、代用特性として設定した数値についてこれらの分析ができれば、基本的に売場の状況は把握できることになる。

リテイルエンジニアリング まとめ

エンジニアリングの基本は考え方・思考方法+具体的な方法・手法である。
「科学的」「クエスチョニング」「クラシフィケーション」「マトリックス思考」「システム思考」など私がこだわっているキーワード=考え方というものは全てが具体的な方法・手法を考える上でのベースであり、このような考え方の上にそれぞれの方法・手法が成立っている。
小売業と関わってから20年以上経つが、小売業というものが進んできた歴史は何かいつも方向が違っていたように思えてならない。
メーカーが技術を重視している時に、店を大型化し、人を減らしていくというようなハード中心(=売場のさまざまな技術を軽視)の価値観が支配している。
アメリカが停滞した時、日本式の経営のやり方を学んで現在のように再び成長している。一方、日本はダメな時のアメリカのやり方を取り入れて経済停滞の真只中にいる。
よく日本はアメリカよりも10-20年遅れているのでいずれ日本もアメリカのようになる、ということを言う人がいる。この経済停滞を見ればその通りであるが、目の前に良い見本があるのに学習効果がないのだろうか。
小売業の中ではいまだに「アメリカではこうだから...」という論法がまるで錦の御旗のように用いられている。私がはじめて小売業に接した時にも聞いた論法である。20年以上経ってもいまだにそんな論法が通用していることに驚きを隠せない。 アメリカではコンビニエンスストアが衰退しているが日本では隆盛を極めているではないか。
アメリカのデパートメントストアでは食品を扱っていないが、日本の百貨店では生鮮食品が戦略部門として重要なポジションを占めているではないか。
日本における小売業研究の必要性は誰の目から見ても明らかである。
そのためには、キチンとした考え方、ロジックの構築と科学的な方法の確立・定着が重要になる。事実を事実として科学的にとらえることができないからさまざまな論に左右されてしまうことになる。今一度、「売場を科学する」という原点に立ちかえる必要がある。

(1998年4月)※2006年9月改訂